PROJECT STORY | ニチレイフーズ

アセロラ原料ビジネス

ニチレイのアセロラ事業は、1982年、ブラジルの水産事業会社で働くニチレイ社員が「驚異的にビタミンCの高い真っ赤な果実」に出会ったことがきっかけで始まった。当時「アセロラ」はまだ世に知られていなかったが、その後の「アセロラドリンク」の成功によりアセロラ事業は急拡大した。現在では、日本に留まらず世界に向けて販路を拡大させている。ニチレイは、ブラジルに次ぐ生産地として、ベトナムの生産・販路拡大にも注力しており、今後、更なる成長が期待されている。ブラジルとベトナム、それぞれの現場で活躍する社員の姿から、アセロラ原料ビジネスの未来を感じてほしい。

MEMBERこのプロジェクトに登場する社員

  • 石山 知夫

    石山 知夫

    1990年入社

    営業SCM部長

  • 高橋 みふね

    高橋 みふね

    2004年入社

    営業SCM部

    アシスタントマネージャー

掲載の仕事内容、所属は取材当時のものです。

01 from Brazil―アセロラビジネスのパイオニアとして

プロジェクトの様子

「アセロラドリンク」の大ヒットによりアセロラ原料確保を確実にするため自社調達へと舵をきったところからアセロラ原料ビジネスが始まった。ニチレイは中南米のアセロラ栽培地の度重なる調査を行い、1990年ブラジル北東部のペトロリーナがアセロラ栽培適地として選定された。ペトロリーナは、晴天が多く年間日照時間が長いため、アセロラなどのトロピカルフルーツの生育に非常に適した環境にある。また、果実の生育に不可欠な水は、降水量の多い南部の水源からブラジル有数の大河によって運ばれ、灌漑により畑に供給されている。 ニチレイは、この栽培適地に、ゼロからアセロラ事業の拠点を築き、世界最大のアセロラ生産地に発展させたのだ。
日本市場に依存していたアセロラ原料ビジネスは、90年代後半に転機を迎えた。欧州市場における健康・天然志向の高まりを受けて、それまで多くの食品に使用されていた「合成ビタミンC」に代わるものとして「天然ビタミンC」の需要が拡大したのだ。この商機を掴んだのが、当時ブラジル現地子会社でかけだしの営業であった石山だ。
石山は、欧州最大手ジュースメーカーで「天然ビタミンCリッチ」の大型新商品の開発商談に参加していた。ニチレイもアセロラも欧州では全く無名であったが、日本規格の品質管理で栽培管理、果汁加工、輸出までをブラジル現地で一貫して行うことが高品質の天然VCの安定供給を実現することを熱く訴えた。この提案は奏功し、ニチレイのアセロラは、同社への天然ビタミン素材サプライヤーの地位を得ることに成功した。今やその商品は同社のフラッグシップブランドに成長している。「これが突破口となり、欧州をはじめ世界の果汁市場に販路を拡大することができた」と石山は語る。

02 アセロラビジネスの未来。ニチレイのフロンティアスピリットの未来。

プロジェクトの様子

現在、アセロラは飲料の枠を超え、様々な製品に使用されはじめている。加工肉(ハムやサラミ)やパンなどの酸化防止剤、サプリメント、美容化粧品などの商品でアセロラ需要が伸びている。
アセロラ需要拡大の背景には、世界的な食の安心安全志向の影響がある。例えば、欧州では食品に合成添加物を加えた場合、その種類によって“E-*****(番号)”といった原材料表記が求められるが、原材料名に羅列された番号をみて、「健康に悪いのではないか」と懸念を抱く消費者が増えている。
合成ビタミンCの代わりに、アセロラ(天然ビタミンC)を使用した場合には、原材料に「アセロラ」と表記すればよく、表記がシンプルで消費者に安心感を提供できる。このように、シンプルで分かりやすい原材料のみを使用した商品を志向する消費者ニーズを「クリーンレーベル」と呼んでいる。このニーズを受けて、合成添加物を天然原料に切り替えを求めるメーカーが増えており、これが、アセロラ需要拡大の力強い原動力となっているのだ。今後は、アメリカ、アジアでも同様のニーズが増えるだろう。
石山は「アセロラ事業は奥が深い」と感じている。トロピカルフルーツが豊富なブラジルにあって、新しい素材に手を広げずアセロラにこだわるのは、アセロラがこの先も市場の変化に合わせて新しい価値を生む可能性を秘めており、ニチレイが唯一無二の価値を世界中の市場を相手に提供できる商材であるという確信があるからだ。
「後輩たちには、アセロラ事業の強みとアセロラ需要の拡大というチャンスを活かして、自分の力が世界でどこまで通用するか試してほしいですね」石山は次代のアセロラ事業を担う若手人財への期待をこう語った。

03 from Vietnam-伸びゆくアジアから、アセロラビジネスを発信。

プロジェクトの様子

メコンデルタの入口にある、ティンザン省ゴーコン。ベトナム最大の経済都市であるホーチミンから車で2時間程度、年間の平均気温は30℃程度。美しい意匠の旧家屋が多い。この界隈は、世界的なアセロラ産地であり、現在ではニチレイアセロラビジネスのベトナム拠点と工場が立地している。高橋がはじめてベトナムを訪れたのは2007年のこと。社内公募を通じて、アセロラ原料ビジネスに取り組むようになったことがきっかけだ。そもそも、高橋にとってニチレイブランドのイメージは、新卒で入社したときから『ニチレイアセロラドリンク』が象徴するアセロラ(製品・事業)であった。また、公募の理由がグローバルにアセロラのビジネスを拡大するため、であったことも高橋をひきつけた。これまでは、日本に活動の軸足を置きつつ、出張を重ねて事業の拡大に励んできた。2014年に工場開設、2018年には、ホーチミン事務所の開設があり、現地ベトナムに駐在の形で産地からベトナム発のアセロラビジネスに取り組んでいる。

04 現地経済の成長と、歩調を合わせて。

プロジェクトの様子

日本では、一次加工したアセロラ原料を輸入し、二次加工を経て日本で販売することが高橋の仕事の大部分を占めてきたが、ここ数年で情勢が変わりつつある。
端的に表現すれば、「ニーズの産地化」が進行しているのだ。
そもそも、現地においてアセロラは健康にいいイメージが広く知られており、身近なフルーツとして、果実のまま食する、あるいは通りの露店で搾汁して飲む、という状況は珍しいものではなかった。しかし近年、良質なアセロラを、産地近くにある日本資本の工場が製造・販売しているという点に注目が集まり、ベトナムの飲食業界がアセロラを応用したメニューを取り入れる事が新たな文化として根付き始めてきているのだ。
例えば、ホーチミン市最大の外食チェーン。フルーツジュースのメニューに、アセロラを加えたものがラインナップされるようになった。また有名フォー(米麺)チェーン、カフェチェーンなどがそこに加わり、日本から進出した和食ブランドでも取り扱うなど、拡大の一途と言える状況にあるのだ。飲食以外でも、デパート併設の託児サービスブランド、大手フィットネスクラブのドリンクバーなど、健康志向にマッチする業態への進出も始まっている。
伸長の大きな要因は2つ。現地の経済成長と、美白・健康志向に見出せる。 成長が続く東南アジア諸国、中でもベトナムは著しい。街の風景が、数ヶ月でがらりと変わってしまうほどだ。消費者の所得も増えた。実は、アセロラ応用メニューは、店舗ブランドにより差はあれ、通りの露店で売っているものと比べ価格は数倍高い。
価格が高いのに、売れ行きが好調なのはなぜか。所得の向上と共に、二つ目の要因が作用している。
そもそも、ベトナムには健康志向の強い国民性がある。朝、道を歩けば、そこで体を動かしている人を見かける。
加えて、使われているアセロラ原料は日本品質の工場で作られているという信頼感。さらに、国産のアセロラが加工されているという誇らしさ。
様々な好要因が重なって、伸長を見せるベトナムのアセロラビジネス。ここまで関わってきたベトナムのアセロラ、そしてゴーコンと言う産地に、高橋は愛着を感じ始めている。懸命に、良いアセロラづくりに取り組む産地の農家や社員の仲間達、関わるすべての皆さんに、これからも笑顔でいていただくことが、高橋の目指すところだ。