ニチレイから、いま伝えたい食にまつわる
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第1回 食中毒の原因とHACCP式予防法

生産者も生活者も「食の安全」に対する意識が高くなっている現代日本だが、「食中毒」の発生については、実はこの数十年間大きく減ってはいない。食中毒はどのような原因で、なぜ起こるのか。私たちの身体と心を支え日々の喜びであるはずの食を、健康を損なうものにしないために、食中毒の現状を知り、私たちに何ができるのかを考えてみたい。

「食の安全」に対する意識と実情のギャップ

 「食の安全」について2008年にインターネットで行われた調査(※)では、9割以上が「非常に不安」「多少不安」と答えている。その不安の内容は、トップが「残留農薬」、続いて「食品添加物」「環境汚染物質」となっている。だが、実際に食品による健康被害で圧倒的に多いのは、細菌やウイルスなどの微生物が原因で発生している「食中毒」だ。戦後、日本の食中毒患者数は、統計上だけでも毎年2~5万人で推移してきた(図1)。そのうちの9割以上が、微生物による食中毒だ。なお、家庭で起こる食中毒では、患者が1人というケースが多い。その場合、フグ毒やボツリヌス食中毒などの特徴的な麻痺症状があるもの以外は、食中毒という判断が難しく、統計には載らないものが多い。そのため、食中毒患者数は、実際にはもっと多いと考えられている。

※『食生活・食意識関連マーケティングデータ白書 2009年版』(日本能率協会総合研究所)より/「食の安全」について、インターネットコミュニティ「MyVoice」登録メンバー15,256人に対して2008年2月にアンケートを実施

図1 食中毒患者数

「腐敗」と「食中毒」の関係は?

 食中毒というと、漠然と「腐ったものを食べて下痢や腹痛を起こすこと」と考えている人が多いのではないだろうか。だが実は、「腐敗」と「食中毒」には、直接の因果関係はない。
 私たちの身の回りには無数の微生物が生息しているが、食中毒を引き起こす細菌(以下、食中毒菌)やウイルスは、そのなかの一部である。食中毒の原因物質については、食品衛生法施行規則で表1のように指定されている。
 「腐敗臭がしている食物でも、そのなかに食中毒菌やウイルスがいなければ、食べても食中毒にはなりません。逆に、腐敗はしていなくても、食中毒菌が増殖している場合もあります(図2)。つまり食中毒事例の多くは、見た目や臭いはまったく変化のない状態の食品を食べて発生しています。」
 岩手大学名誉教授の品川邦汎氏はそう説明する。
 ただし「腐った食物」というのは、いろいろな細菌が増えやすい状況にあったといえるので、もしそこに食中毒菌が付着していれば増殖している可能性は高い。孔子は『論語』で「腐敗した物を食べない」という教えを説いており、「腐敗した食物」=「食中毒」という認識が一般に広まったのは、昔は腐敗した食物を食べて食中毒が発生する確率が高かったためだろう。

図2 食物の腐敗と食中毒の関係

 この原因物質の種別については何度か改正されている。1997年の改正では、病原大腸菌がO157などの腸管出血性大腸菌とその他の病原大腸菌に分けられ、小型球型ウイルス(現ノロウイルス)などのウイルスが追加された。さらに99年には、従来は経口伝染病として扱われていた赤痢、コレラ、腸チフス・パラチフスなどの感染菌が加わり、これらの菌による飲食に起因する健康被害は一括して「食中毒」として扱われるようになった。

魚介類の低温物流と衛生管理で腸炎ビブリオ食中毒が激減

 見た目や臭いでの判断が難しいとすれば、どのように食中毒から身を守ればいいのだろう。
 近年、食品企業などで衛生管理の方法として取り組まれているのが、HACCP(Hazard Analysis Critical Control Point/危害分析重要管理点)方式。米国NASA宇宙局で開発された、食品の安全管理のための手法だ。最終製品の検査のみではなく、原材料から最終製品まで一連の製造工程で、重要な衛生管理ポイント(CCP)を連続的に監視することによって、製品の安全性を確保する。
 「1993年にFAO/WHOの合同食品規格委員会(コーデックス委員会)により、HACCP適用のガイドラインが示されて以降、諸外国と同様にわが国でも普及が図られてきました。それから約20年が経過し、食品の製造・加工や流通における衛生管理全体がレベルアップしてきており、食中毒発生防止に大きく貢献していると考えられます」と品川氏は語る。
 衛生管理のレベルアップによって、最近10年ほどで著しく減少したのが、腸炎ビブリオ食中毒だ。腸炎ビブリオは沿岸の海水域に生息している細菌で、魚介類を生で食べる日本では、7~9月を中心に多く発生していた。
 「魚介類の水揚げ後、流通過程での低温管理の徹底と、市場などで魚介類の取り扱いに、汚染されている可能性の高い沿岸海水の使用をやめたこと、また刺身や寿司の衛生的な調理、取扱いが、腸炎ビブリオによる食中毒の減少に大きな効果を示したと考えられます」
 最近では、このような衛生管理の向上によって、腸炎ビブリオやサルモネラによる食中毒が減少したが、逆にカンピロバクターやノロウイルスによる食中毒が増加してきている。

食中毒菌の特徴を知って効果的にブロック

 HACCPの考え方は、家庭での食中毒防止にも役立つと品川氏は言う。  「特に、食材を購入し、それを調理・加工、さらに保存して食べるという過程で、どんな危害物質が侵入し、それをどのように除去、低減するかです。それによって、食中毒予防にどのような注意が必要であるかが明らかになります。そして、これらの分析のためには、食中毒を起こす微生物(細菌、ウイルス)について十分に知っておくことが基本です」  防ぐためにはまず「敵」を知らなければならない、ということだ。どの食材にどんな食中毒菌が汚染している可能性があるのか、それは何時間でどれくらい増え、また、どれくらい食べると発症するのかなどを知っておけば、食中毒の危険性を減らすための効果的な対策を立てることができる。

図3 食中毒の原因菌と食中毒のパターン

※1 一部の菌は固い殻(芽胞)をつくるため、加熱しても生き残り、好適条件になると発芽し増殖を始めることがある。また、冷凍してもほとんどの菌は死滅することなく、解凍すると増殖を始める。
※2 食品の中で毒素を産生する「食物内毒素型」と、腸管内に入った菌が毒素を産生する「生体内毒素型」がある。「生体内毒素型」の腸管出血大腸菌、ウエルシュ菌などは、感染型と同様に食品を加熱殺菌することによって食中毒を防げる。

食中毒を防ぐ家庭でできる危害分析重要管理点方式(HACCP)の例

監修:品川邦汎(しながわ・くにひろ)
岩手大学名誉教授、盛岡大学客員教授。
大阪府立大学農学部獣医学科卒業。
大阪府立公衆衛生研究所研究員を経て、1980年に岩手大学農学部助教授、
1994年に教授、2009年に名誉教授。
2011年から盛岡大学客員教授。
内閣府食品安全委員会、微生物・ウイルス専門調査会副座長、日本食品衛生学会会長のほか、東北食中毒研究会副会長なども務める。

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