ニチレイから、いま伝えたい食にまつわる
よもやま話が集まって、ひとつの「こおらす」奏でます

<第3回> 横浜で発祥した機械製氷

大衆の人気を博した天然氷は、1887年頃をピークに徐々に衰退していきました。
氷を人工的に作り出す「機械製氷」の技術が発達したためです。
1879年、日本初の機械製氷会社と製氷工場が横浜に設立。
この製氷工場は経営者を何度も替えながら、100年以上の間、稼働しました。
第3回は、天然氷の全盛期に機械製氷に挑んだ、先駆者たちの辛苦の物語を紹介します。

機械製氷の足音

 1805年にフレデリック・チューダーが世界初となる天然氷の採氷業を興してから、約70年が経過。フレデリックが販売した 「ボストン氷」 は世界市場を席巻し、彼の成功に続けと、世界各地で新規参入業者が相次ぎました。 中川嘉兵衛 が販売した 「函館氷」 、イギリスなど欧州を中心に流通した「ノルウェー氷」も、その流れで誕生したものです。
 このように、世界的に最盛期を迎えていた天然氷ですが、 機械製氷技術の発達 によって、20世紀を目前に徐々に衰退していきました。
 17世紀頃から欧州では、気化熱などを利用して、人工的に低温状態をつくる研究が行われてきました。機械製氷技術が実用化されたのは、19世紀に入ってからです。1869年にフランス人のフェルディナン・カレーが、営業用の製氷機を開発し、米国のルイジアナ州とテキサス州に計5ヵ所の機械製氷工場を開業しました。これが、世界初の機械製氷工場とされています。

福沢諭吉の治療に貢献

神奈川日冷の山手工場
神奈川日冷の山手工場
 日本における機械製氷の黎明期には、福沢諭吉の名が登場します。
 1870年の夏のことです。発疹チフスにかかってしまった福沢諭吉は、連日の高熱にさいなまれていました。苦しむ諭吉を救おうと、慶應義塾の塾生が立ち上がります。氷の解熱作用に着目した塾生は、氷を入手しようと奔走しましたが、 中川嘉兵衛が函館での採氷事業に成功して間もない頃 の東京ではなかなか手に入りませんでした。
 そんな中、塾生は、福井藩主の松平春嶽が外国製の小型製氷機を所有していること、そして使い方がわからずに放置しているという情報を聞きつけました。この製氷機を春嶽から借り受けた塾生は、大学東校(現・東京大学)の宇都宮三郎教授のもとに持ち込み、試運転したところ、製氷に成功。その甲斐あって、諭吉は無事に回復したそうです。

日本の機械製氷は横浜発祥

「横浜アイスワークス」横浜開港資料館所蔵
「横浜アイスワークス」
横浜開港資料館所蔵

横浜が「機械製氷発祥の地」であることを記した記念碑
横浜が「機械製氷発祥の地」で
あることを記した記念碑
 「西の氷王」こと山田啓助 が神戸で天然氷の販売を開始した1879年、米国人のアルバート・ウォートルスが横浜の山手に、日本初の機械製氷会社「ジャパン・アイス・カンパニー」を設立。一般消費者向けに人工氷を販売しました。
 同社は1881年に競売にかけられ、オランダ人のルドヴィカス・ストルネブリンクとファン・リサが落札。社名を「横浜アイス・ワークス」に改めました。1883年にはストルネブリンクの単独経営となりました。ストルネブリンクは製氷機を増設するなど、工場の設備充実に力を入れました。
 ストルネブリンクの製氷工場は、1884年に日本人資本による初の製氷会社である東京製氷に売却されるなど、経営母体を何度も代えながら、100年以上にわたって運営されました。創業以来の製氷工場は、1923年に発生した関東大震災で崩壊してしまいましたが、1924年に再建。その後、99年まで、ニチレイの子会社だった旧・神奈川日冷の山手工場として稼働してきました。
 現在、この製氷工場は解体され、跡地は結婚式場「山手迎賓館」に生まれ変わりました。式場の脇には記念碑が設置され、横浜が「機械製氷発祥の地」であることを、現在に語り継いでいます。
 ニチレイグループにはニチレイ・アイスという製氷会社がありますが、その源流をたどると、日本で最初の機械製氷会社に行き着くのです。

機械製氷は神さまに失礼!?

 産業革命が進行していた欧米でも、機械製氷は工業化が遅れた分野でした。「天然氷は、至善の神により、冷たさを人間に与えたものである。人類が氷を人工的に作り出すことは、神への冒とくである」という観念が、欧米に根強く存在していたことが原因です。
 そのため、スコットランドのウィリアム・カレンが1775年に、減圧下で水を蒸気にして冷却し、氷を発生させるという、冷凍技術の先駆けとなる技術を発明しましたが、当時はあまり注目されませんでした。
 また、米国・フロリダ州の医師であるジョン・ゴリーは1844年、自身の病院に入院していたマラリア病患者の治療の一環として、世界初となる空気式冷凍機を発明し、実用化に結び付けました。しかし、前述の観念ゆえに人々からの批判を恐れた同氏は、特許申請をしばらくの間、見合わせたそうです。

【参考文献】
長塩哲郎編述 『京都氷業史』 全国事業新報社、1939年
生出恵哉 『横浜山手外人墓地』 暁印書館、1984年
奥田毅『低温小史―超伝導へのみち』 内田老鶴圃、1992年
田口哲也 『氷の文化史―人と氷のふれあいの歴史』 冷凍食品新聞社、1994年
日本冷凍空調学会日本冷凍史編集委員会編 『日本冷凍史』 日本冷凍空調学会、1998年
村瀬敬子 『冷たいおいしさの誕生―日本冷蔵庫100年』 論創社、2005年
『改訂新版 世界大百科事典10巻』 平凡社、2007年
『横浜もののはじめ考 第3版』 横浜開港資料館、2010年

氷と暮らしの歴史をたどる

2014.9.2 更新

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