ニチレイ75年史
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■「からあげクン」が畜産加工品の中核に 一方、「からあげクン」の開発はそれまで畜産部で“胸の痛み”と称して扱いに苦慮していたむね肉を活用した点に特徴があった。ブロイラーはもも肉とむね肉に大別され、欧米ではヘルシーなむね肉が人気だが日本ではジューシーなもも肉の人気が高く、もも肉が売れるとむね肉が余り、余ったむね肉は価格を叩かれてブロイラー事業の業績を悪化させていた。 当社は試作を重ねて「からあげクン」を開発した。その秘密は衣と個体の重量にあった。唐揚げはスーパーの惣菜売場で人気が高かったが、衣をつけてフライヤーに入れると衣と衣が絡まって団子状になり、1回当たりの投入量が限られ作業効率が悪いという厨房の苦労があった。それをヒントに、工場で衣をつけて表面だけを揚げた商品にした(プリフライ)。厨房では一度に大量油が可能となり、労力に加え、揚げ油やエネルギーなどのコストダウンも実現した。さらに個体一つひとつは形が違っても重量を同じにし、計量を不要にした。 1983年に誕生した「からあげクン」は有力商材へと育った。1985年にはローソンとの特約により、大きなマーケットを獲得していった。しかし畜産加工品が安定した利益を生み始めたとはいえ、畜産部門全体では相場に左右されやすく、規模は拡大しつつも1980年の当社の経営危機を救う力はなかった。■ニューハウジング産業の設立とマンション事業 帝国水産統制(株)から受け継いだ土地資産は多く、また当社が冷凍事業を展開する中で事業ニーズに合わせ、多くの用地の取得あるいは売却を行ってきた。こうした不動産を管理・活用するため、1972(昭和47)年2月、本社に不動産課を設置し、同年10月には不動産事業部に昇格させた。冷凍設備の近代化の過程で生じる置換資産、遊休資産を多面的に活用して安定収益に結びつけようと、不動産事業を育成強化することとした。 当社は1974年に動坂工場跡地に高層マンションを建設販売予定だったが、石油危機による狂乱物価の影響で同事業は休止した。事業を継承したのが、同年4月に設立した(株)ニューハウジング産業だった。同社は不動産事業と関連が深い住友信託銀行(株)および新泉興産(株)との共同出資によるもので、当社の遊休施設に住友信託銀行の資力・不動産ノウハウを併せ、マンション事業を展開することを主目的とした。 ニューハウジング産業は同年7月に動坂工場跡地に高層マンション「シャルマン文京千駄木」を竣工して以降、当社から買い受けた土地を活用してマンションの分譲・賃貸事業を展開した。「シャルマン築地明石町」(1978年9月竣工)や「シャルマン明石」(1979年3月竣工)など「シャルマン」ブランドをシリーズ化して事業を拡げた。煠ゆ第2部ちょう66加工済みの焼きとり「からあげクン」(1985年頃)「からあげクン」生産ライン5. 不動産事業の展開

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