ニチレイ75年史
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■製氷工場などの復旧 食料事情が劣悪な当時、生鮮食料品の供給に寄与することを使命として、当社は被災工場や設備の復旧に全力を注いだ。まず1946年度は復旧が比較的容易な28工場を選び、製氷など10%強の生産力を回復した。1947年度は重点工場を本格的に再建する方針の下、被災35工場の復旧を計画したが、最重要水揚地18カ所の復旧が優先という政府方針により復旧は17工場にとどまった。 1948年度も製氷を中心に15工場の復旧計画を立てた。当社は厳しい環境の中で、1950年度末には製氷1,368t、貯氷2万1,221t、冷蔵1万2,099t、凍結122tの設備能力を回復、重点工場の復旧はほぼ一巡した。この間、政府の水産復興ならびに生鮮食料品の緊急確保策が実って、業界全体では製氷124%、冷蔵140%、凍結520%と戦前水準を上回った。しかし当社に関しては、集排会社への指定、独占禁止法によって製氷設備の業界占有率を30%以内に収めざるを得ない事情などが絡み、当社の復旧率は製氷で47.9%、冷蔵で38.9%にとどまった。かれたのは1949年7月8日だった。 集排法の指定解除によって会社分割の危機は去り、当社は改めて「企業再建整備法」に従って再建整備計画を立案、同年8月に整備計画書を提出、10月に認可された。特別経理会社に指定されてから3年3カ月をかけて、会社再建の礎が法的に確定したのである。 こうした中、再出発に際しては復旧資金および運転資金の調達が急務となった。1948年9月末の借入額は5億5,200万円にも上っており、当社は資本構成是正のため、同年12月、第1次増資を行った。しかし、日本水産をはじめとする株主の多くが証券保有制限令や独占禁止法によって持株の増加を禁止され、株式の引き受けが困難な状況にあった。そのため、従業員や縁故者、取引先などに幅広く引き受けを依頼し、翌1949年3月に払込が完了した。同年10月、さらに第2次増資を行って新資本金を5億円とし、資本構成は著しく改善した。「企業再建整備法」が求めた健全財政の要件を満たし、再建の道が整ったのである。 なお、1949年5月14日に東京・大阪・名古屋の証券取引所が再開され、上場基準を満たしていた当社は16日に上場している。はこれを上回り、製氷で能力全体の43%(2,853t)、貯氷で42%(5万8,413t)、冷蔵で42%(3万1,052t)、凍結で31%(213t)に達した。 このため生産力は著しく低下し、1945年度生産実績は、製氷が全盛時(1940~1942年平均)の17%に落ち込み、冷蔵保管や凍結においても全盛時の30~40%となっていた。製氷の供給が細る中、需要は切迫し、手術用など緊急を要するものは徹夜で買い求めたり、漁業の現場では水産氷の積載ができずに出港繰り延べを余儀なくされることも珍しくなかった。312.全国被災能力は1943年能力より1945年能力を差し引き、各年度の復旧能力は前年度との差引能力によった。(日本冷凍事業協会資料より)※12 氷冷蔵庫向けの「陸氷」を生産する工場は主に大都市、漁船に積み込む「水産氷」を生産する工場は主要漁港に立地していた。年別被災能力項目(t)2,853 製氷58,413 貯氷31,052 冷蔵213 凍結製氷6,714 冷蔵109,640 凍結596 日冷全国1946年復旧(t)同率(%)復旧(t)同率(%)復旧(t)同率(%)復旧(t)同率(%)復旧(t)同率(%)47.9 36.3 38.9 57.3 124.0 140.0 520.0 628 10,052 8,475 105 614 74,500 366 22.0 17.2 27.3 49.3 9.0 68.0 62.0 1947年1948年34.5 21.4 28.3 49.3 57.0 82.0 170.0 (注) 1.1947年度以降の復旧率は、当該年度復旧累計能力を被災能力で除したもの。 355 2,427 313 0 3,190 15,716 636 212 3,764 904 17 1,550 16,690 274 1949年41.9 27.8 31.2 57.3 79.0 97.0 216.0 173 2,856 222 0 2,211 31,857 1,345 設備能力復旧経過第1章 「日本冷蔵」としての再起1950年47.9 32.7 31.9 57.3 112.0 127.0 440.0 0 2,118 2,185 0 770 14,809 480 3. 被災した製氷工場の復旧に苦戦■被災の状況 1945(昭和20)年3月から8月にかけての相次ぐ空襲により、当社の92工場が被災し、延べ13万4,680㎡が焼損した。これは当時の簿価で1,187万円余の実損に当たり、固定資産総額の30%に相当した。しかも、大都市や主要漁港の有力工場※12 が多く含まれていたことから、設備能力の被害

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